1 向精神薬の歴史的発展
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(1)クロールプロマジン以前
ヒトの精神状態に影響を与える薬物は、最近になってはじ
めて登場してきたわけではない。アルコール飲料は、ほとん
ど人類の歴史とともにあったといわれているが、使用量によ
って種々な程度の酩酊、すなわち精神変容−少量では精神的
抑制がとれて快活、上機嫌、饒舌となり、大量では中枢神経
マヒのため鎮静から睡眠が起こる−を生ずることは周知であ
る。また宗教儀式には、種族によって異なるが、昔から種々
の「霊薬」が使用されてきた。もっとも有名でかつ広く使用
されたものは、インド大麻の果実から調製されたハシッシと
よばれる薬物で、その使用によって参会者たちは独特の幻覚
状態に陥り、それが宗教儀式の雰囲気を盛りあげるのに役立
ったのである。この種の「霊薬」としては、ハシッシのほか
にゾマとかアンブロジアとよばれたもの、イボガ根やコカの
葉、さらにはメキシコ産のサボテン(有効成分はメスカリン)
や茸の一種からとれる薬物(有効成分はプシロシビン)など
が知られている。医療の目的には、ヒポクラテスによって
「阿片」が鎮静の目的で用いられたとの記録がある。19世紀
にはいると臭素の鎮静作用が知られるようになったが、当時
はこれ以外には精神神経系疾患に効く薬物は知られていなか
ったため、臭素剤は鎮静・催眠の目的はもとより、抗てんか
ん剤、梅毒治療剤などとしても広く使用され、その治療的応
用はごく最近まで続いた。20世紀初頭になるとバルビツレー
ト化合物が合成され、すぐれた鎮痙・鎮静・催眠作用を発揮
した。以上のような薬物は、すべて確かに精神状態に影響を
与えることはできたのであるが、その作用は一過性で対症的
なものであり、幻覚・妄想のような異常体験あるいは自閉・
無為などの症状を持つ精神分裂病を中心とする内因性精神病
の治療には、まったく役に立たなかった。1935年ザーケルに
よってインシュリンショック療法が、1938年セルレッチとビ
ニによって電気ショック療法が開発され、内因性精神病にこ
れらの身体療法を適用できるようになり、精神科医がいたず
らに自己の無能をかこたずにすむようになっても、これらの
疾患を薬物によって治療しうる時代がくるとはだれも予想し
なかったのである。
(2)クロールプロマジン・レセルピンの登場(1952)
1952年ディレイとデニカーはクロールプロマジンの、1953
年ブロイラー、クラインらはレセルピンの、内因性精神病患
者に対する臨床効果を報告した。世界各国においてただちに
追試が行なわれ、その有効性が確認された。その効果は、そ
れまでの精神医療しか知らなかった当時の医師達にとっては
驚嘆に値するまったくすばらしいもので、ノースらはモデス
タ病院におけるレセルピン療法の印象を次のように記載して
いる。
「この研究を始める前の病棟の状態は、当時のありふれた
病棟と同じようであった。すなわち10ないし12人の患者が保
護室に隔離され、数人は保護衣を着せられており、大量の鎮
静剤と電気ショック療法、持続浴療法などが連日必要であっ
た。多弁多動で、攻撃的で、口が悪くて、反抗的で、非協力
的な患者たちのために病棟では喧騒の絶え間がなかった。食
事、洗面、着衣、入浴といった日常生活の介助にきわめて手
がかかるので、この病棟で働く人たちはうんざりしていた。
このような患者たちを取り扱うために、屈強の看護人が多数
必要であり、患者の多くは非協力的で食堂へでないため、保
護室内で抑制したまま食事を食べさせてやらなければならぬ
有様であった。
レセルピンの経口あるいは注射投与による治療が始まると、
すみやかに患者たちの態度や行動に変化が現れた。患者たち
は薬を拒否したりせず、むしろ電気ショック療法よりは服薬
を望んだ。怒りっぽく、攻撃的で、非社交的であった患者が、
協調的、友好的、社交的で、比較的静かな人間にガラリと変
ってしまい、精神療法を受けたり、リハビリテーションの訓
練を受けたりすることができるようになった。患者の多くは
体重が増加し、病院のなかで働きたいという希望を申しでる
ようになった。忙しく動き回っていた患者はおとなしくなり、
行動も協調的に変った。騒がしい患者は静かになったが、片
隅にひっこんでじっとしていた患者は逆に他の患者と交わる
ようになり、陽気になった。レセルピン療法を行った病棟で
は、あらゆる種類の拘束や鎮静薬あるいは電気ショック療法
などは、ほとんど必要がなくなってしまった。電気ショック
療法に変るような薬物が出現したとはほとんど信じがたいこ
とであるが、明らかにそうした薬物が発見されたのであって、
われわれは現代精神医学の治療法に革命が起きたのだと考え
る」。
かくして精神科医は、はじめて精神疾患と闘うための武器
としての薬物を手に入れたのであった。
(3)近代精神薬理学の誕生
クロールプロマジン、レセルピンによる精神分裂病治療の
成功は、精神障害を薬物で治療することに対して光明を与え
た。その成功に勇気づけられて、精神病症状に対して効果の
期待される薬物が次から次へと開発されていった。すなわち、
分裂病像に対しては数多くのフェノチアジン誘導体やブチロ
フェノン誘導体が、うつ病に対してはイミプラミンをはじめ
とする三環化合物やモノアミン酸化酵素阻害剤が、神経症の
不安・緊張に対してはベンゾジアゼピン誘導体が開発され、
クロールプロマジン、レセルピンが精神科治療領域に登場し
てから40数年を経た今日、日常の臨床に使用されている精神
疾患治療剤は200をはるかにこえてしまった。
以上述べたところからわかるように、精神状態に影響を与
える薬物のいくつかは古くから知られていたけれども、その
数が急激に増加し、かつ臨床上の重要性が増したのはクロー
ルプロマジン以後であり、したがってこの種の薬物の概念が
確立され、その作用を研究する分野が独立したのは比較的近
年のことである。このようにして薬理学、生理学、生化学、
遺伝学、心理学、精神医学など多方面よりの知識や技術を結
集して、薬物が精神機能に及ぼす影響を研究する新しい分野
として「精神薬理学」が生まれ、そこで取り扱われる薬物を
総称して「向精神薬」とよばれるようになった。
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2 向精神薬の定義と分類
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向精神薬は、その物質の生体に対する主要な作用として、
精神機能、行動、あるいは体験に影響を与える物質と定義さ
れる。
それらは下記の通り分類される。
@強力精神安定剤(クロールプロマジン、ブチロフェ
ノン)
A穏和精神安定剤
B抗うつ剤
C抗躁剤
D覚醒剤
E幻覚発現物質
F向精神薬の近縁物質(眠剤、抗酒剤、抗てんかん剤、
抗パーキンソン剤)
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3 向精神薬の選び方
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(1)何を基準にして選ぶかは、@疾病学的診断(病名)と
A患者の状態像あるいは病像である。一般に疾病学的
診断は薬物選択のおおまかな目安となり、状態像はき
めの細かい選択の目標となる。
(2)疾病による薬物の選択
・精神病圏の疾患には強力精神安定剤
・神経症には穏和精神安定剤
・うつ病には抗うつ剤
・躁病には抗躁剤
・ナルコレプシー等の過眠症には覚醒剤
・アルコール依存症には抗酒剤
・てんかんには抗てんかん剤
・パーキンソン病には抗パーキンソン剤
・不眠症には眠剤
を用いる。
(3)状態像による薬物の選択も必要である。
(4)個体差による薬物の選択も考慮にいれる必要がある。
一般に小児は薬物に対して強く、老人は弱いといえ
る。
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4 向精神薬の使い方
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(1)攻撃投与法:耐えられる最大限の量を投与する。
(2)維持投与法:必要最小限の量を投与する。
(3)再発予防投与法:症状は収まっているが、疾病は継続
していると考えて、少量の向精神薬を再発防止のため
投与する方法である。
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5 副作用の知識
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(1)一般的事項:薬物療法中に生じるいかなる随伴症状も
全て副作用と疑う。
(2)向精神薬の副作用の知識:さまざまな副作用が起きる
可能性があるので副作用の知識は大切である。
@鎮静・催眠傾向
A精神薬理学反応(躁転、うつ状態、幻覚、妄想)
Bけいれん発作
C錐体外路症状(強力精神安定剤)
D肝障害
E造血機能障害
F自律神経症状
G薬物依存
H長期投与による副作用(病的肥満、皮膚・眼症状群、
ジスキネジア、心不全)
I他剤併用による副作用
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