1 子供達の事件 | 最近、子供の事件がしばしば新聞紙面をにぎわす。TVのニュースショーでは、いじめっ子いじめられっ子の話がでない日はないほどである。道を歩くと、髪を金色に染めた子や、耳や鼻に穴をあけピアスや鼻のリングをつけた子にもでくわす。神戸市須磨区で起こった小学生首切り事件は、日本中に大センセーションをひきおこした。また、中学生により教師が刺殺され、友人が刺殺された。父親をなぐり殺した事件も発生した。クレゾールを級友達に送りつけ、それを飲んだ子が入院するという事件も起こった。 なぜこんなことを子供は起こすのか。「理解できない」という声をよく聞く。 |
2 子供の心 | 人間は、乳幼児期は人格が未熟で単純・未分化である。親の保護なしでは生存できず、特に母親との結びつきが強いので、母親の態度は直ちに子供の態度となって反映してくる。親の態度が子供にとって不満足なとき、主として子供は身体的な訴え(頭痛や腹痛)として表現する。 乳幼児期の子供の異常は、母親の異常を現したものである。落ち着きのない子、うそつきの子、無口な子など、さまざまな精神状態を示す。子供のくせや異常行動で、子供が何を訴えているか知ることができる。チック、爪かみ、指しゃぶり、性器いじり、どもり、舌たらず、習慣性嘔吐、つば吐きなど、さまざまな行動をする。しかし、乳幼児期から小学生にかけて子供達の抵抗はあまり目立たない。ところが、中学生になると抵抗が表面化してくる。それが現在の日本社会の大きな問題となっている。 精神科医の斎藤 学(さとる)は、子供たちの精神内面を見事に看破している。彼の精神分析によると、人間は母親に自分を認めてもらいたいと思っている。母親が「今のままの自分」を認めているとわかったとき、若者は後顧の憂いなく安心して前進する力をもつ。母親が「今のままの自分」を認めないとき、「勉強したら認める」「成功したら認める」という条件つきのとき、子供は不快で不安で前に進む事ができない。髪を染め、鼻に穴をあけ、自分より弱いものをいじめ、人を殺し、今の自分を認めてもらいたいと表現する。また、ある者は能動力をなくして学校に行かず家に閉じこもるという行動をする。その行動で母親に認めてもらいたいというはかない希望をもっているのである。 |
3 日本の母親 | 日本の家庭は、多くは夫、妻、子供2人である。夫は仕事が忙しく、朝早くから夜遅くまで家を留守にする。たまに家にいても寝てばかりで、妻との会話もない。 そういう状況が毎日続いているときに、妻の眼の前に子供がいるのである。妻(母親)の眼には、子供は自分が夢中になる事のできる天使にも見えてしまう。そうして、母親は子供の心の中に入ってくるのである。子供の心は母親によって介入され、操られ、虐待される。実は、母親も自分の母親に同じことをされていたのかもしれない。 |
4 父親の役割 | 多くの子供達が母親により介入され、操られ、結果として、母親に失望し心を閉ざしている。ここで、父親の登場が必要なのである。父親は、母親と子供の間に割って入る人間にならねばならない。 子供達を母親から守る防波堤に父親がならねばならないが、多くの父親は、家庭から逃げてしまっている。そして、母親と争いそのストレスを子供にぶつけるのである。父親からも認められず、子供達は行き場のない無力感に陥る。時に爆発して家庭内暴力をふるう。 |
5 無気力犬 | こんな実験がある。ある箱を壁で2つに分ける。その一方の底には、電気ショックが加えられるようにしておく。犬をその箱に入れて電気ショックを加えると、犬はビックリするが、すぐに箱の壁を乗り越えて、箱のもう一方の方へ逃げる。全ての犬がそういう逃避行動を行う。しかし、気持ちの悪い嫌な刺激を与えた犬をこの箱へ入れると、逃避行動をしない犬がでてくる。電気ショックを加えても、キャンキャン鳴くだけで壁を乗り越えようとしないのである。気持ちの悪い刺激が強ければ強いほど、加えられる時間が長ければ長いほど、嫌な刺激から逃れる事ができないようにされていればいるほど、逃避行動をしなくなる犬が増える。即ち、無気力犬が出現してくるわけである。 現在の家庭において、親からくり返され加えられる避けようのない気持ちの悪い嫌な刺激。まさに子供達は無気力犬と同質の心をもった者なのである。 |
6 苦悩からの解放 | 親たちから認められず心を守られない子供達。しかし、全ての子供達が無気力になり、家庭内暴力をふるうわけではない。 子供は自分を表現し、その自分を認めてくれるものを見つける。それは、あるときは人であろうし、あるときは集団であり、あるときは社会である。「自分が認められる」快感は前進力をつくり、行動を起こす。私達は、この事実を利用せねばならない。 さまざまなところで、子供達の心が認められる場をつくらねばならない。そうすることで、連鎖する家庭内虐待をたち切れるであろう。 |